『なんだよ、翔……突然電話を掛けてきたくせにだんまりなんて』電話越しから琢磨の声が聞こえてくる。「いや……何となくお前の声が聞きたくなってな……」『……』「なんだよ琢磨。俺の話……聞いてるのか?」琢磨から返事が無いので翔は再度声をかけた。『聞こえてるよ。それよりなんだよ、気色悪いな……。男から声が聞きたくなったって言われたのお前が初めてだ。前代未聞だよ。で……まさか、その為に俺に電話を掛けてきたって言うのか?』「ああ……そうだ」『……おい! 翔! お前ふざけてんのか? 今何時だと思ってるんだよ? 真夜中の2時だぞ? そっちは何時なんだよ』「22時くらい……かな?」翔はチラリと時計を見た。『お前なぁ! 東京の方が4時間も時差が早いじゃないか! いい加減にしろよ。こっちも明日は仕事なんだぞ? こんな時間に電話がかかってくるから、何か緊急事態でもあったかと思うじゃないか。びっくりさせるなよ!』「あ……ああ、そうだった。モルディブと日本は……時差があるのを忘れていたよ。すまない、悪かった」受話器越しから琢磨の大きなため息が聞こえてくる。『おい……翔。何かあったんだろう? いいから話してみろよ。もう目も覚めてしまったしな』「悪いな……琢磨」『ば~か。今更なんだよ……。それで何があったんだ?』「実は……」翔は重い口を開いた。明日香が朱莉の前で翔と明日香のキスシーンの写真を撮らされたこと。朱莉への嫌がらせがエスカレートしない為に、自ら朱莉を無視するような態度を取ってしまったこと。そして明日香がわざと自分達の情事の時間に朱莉を呼び出して、その現場を彼女に見せてしまったこと……。それらを全て琢磨は聞いていたが、やがて深いため息をついた。『おい……。なんだよ、それ……今の話、本当か?』「ああ……。本当だ」『まじかよ……酷い話だな』「全くだよ」『おい、まるで他人事のような言い方をしているようだが、いいか? これは明日香ちゃんに限らずに話してるんだぞ? 翔、お前も明日香ちゃんと同罪だ。いや、俺から言わすと明日香ちゃんよりも酷い男だ』「俺が……?」『お前、まさか……自覚していないのか?』「い、いや……。そんなことは無い。俺は……本当に酷い、最低な男だよ」『こうなること、本当は薄々気付いていたんじゃないのか? だからこそ、朱莉さんがモルデ
『いいか? 確かに明日香ちゃんがあの時怪我をしたのはお前のせいかもしれないが、今は傷跡だって残っていないじゃないか。見た目だって普通と全く違いが無いし。あんななのはもう時効だ。そうは思わないのか?』「だが、あの時の当時の明日香は本当に酷い怪我を負って、医者からも一生傷跡は残るって……」『だが、実際はどうなんだよ? 当然男女の仲なんだ。傷跡があるか無いかくらいは分かるだろう?』2人は踏み込んだ質問も出来る程の関係だった。「……今は……殆ど目立たない。だが……」『もういいよ、分かった。悪かったな。昔の事思い出させて』「いや……別にいいさ」『なぁ、本当にそんなんでこの先、ずっと明日香ちゃんのヒステリーに付き合いながら結婚生活を続けていけるのかよ?』「大丈夫だ。あの時にそう決めたからな」自長期気味に笑う翔。『翔……明日香ちゃんがあんな風になったのは……』「何だ?」『いや、何でもない。そんな事より、この旅行の間はもう朱莉さんとは接触するな。明日香ちゃんにもそう言え。朱莉さんに構うなって約束させろ。それ位は出来るだろう?』「ああ。やってみるよ」『全く頼りない返事だな……』「なあ、琢磨」『なんだよ。そろそろ切るぞ? 明日も早いんだから』しかし、翔は続ける。「こんなこと、お前に頼むのはどうかしていると思うんだが……聞いてくれるか?」『……言うだけ、言ってみろよ』「今後はなるべく朱莉さんとも連絡を取り合いたいと思っているんだ。ただ明日香には知られるわけにはいかない。もしばれたら朱莉さんに風辺りが強くなる」『ん? そう言えばお前、一体何所で電話かけてるんだよ?』「ホテルのバーだ」『チッ、ほんとにいい身分だな? まあいいや。それで話の続きは?』「それで今後はお前を通して朱莉さんと連絡を取りたいと思ってる。いいだろうか?」琢磨が呆れた声を出す。『……はあ? おまえ、本気で言ってるのか?』「本気だ。……駄目か?」『……本当なら断ってやりたい案件だよな……。けど朱莉さんを選んでお前に紹介したのは他でもない。この俺だ。ある意味、俺にも責任がある』「それじゃ……いいのか?」翔の顔が明るくなる。『仕方が無いさ。だがな、ずっと続くとは思うなよ? 少しずつお互いの関係を改善させて、ゆくゆくは俺を通さなくても連絡を取り合える仲になれるように努
翌朝―― 7時にセットしておいたスマホのアラームが鳴った。朱莉は目を覚まし、スマホに手を伸ばして音を止めた時にメッセージが届いていることに気が付いた。(誰からなんだろう……?)着信相手は意外な事に琢磨からであった。「え? 九条さん? 何かあったのかな?」急いでメッセージを立ち上げた。『おはようございます。お身体はもうすっかり良くなられましたか? 実は昨晩副社長から連絡が入りました。残りの日数は自由行動をするようにと言伝がありましたので、ガイドの方と残りの旅行を楽しんでください。副社長と連絡を取りたい時は私を通して下さい』朱莉はそのメッセージを複雑な思いで眺めていた。このメッセージの意図するところは、もう自分とは直接メッセージのやり取りをしたくないという意思表示なのだろうか?一瞬その内容を読んだ時、朱莉は目の前が真っ暗になりそうになった。しかし、朱莉はまだ次のメッセージが残っている事に気が付いた。『日本に帰国後、朱莉さんが元から使用していたスマホから私にメッセージを送って下さい。そちらから今後は明日香さんには内緒の2人のメッセージの橋渡しをさせていただきます。尚、念の為こちらのメッセージを読まれた後は削除しておいて下さい』朱莉はそのメッセージを読んでギュッとスマホを胸に握りしめた。(翔先輩……もしかして私に冷たくしていたのは明日香さんから私を守る為だったの?)都合の良い考えであるのは朱莉は重々承知していたが、それでも自分の為に考えてくれたのだろうと信じていたかった――****――午前10時「おはよう、アカリ」ホテルのラウンジのソファに座ってガイドブックを呼んでいた朱莉は顔を上げた。「おはようございます、エミさん」笑顔で挨拶するも、エミは怪訝そうな顔で朱莉を見つめる。「ねえ……アカリ。何かあったの? たった数日会わなかっただけなのに、随分やつれてしまったように見えるけど、まだ体調悪いの?」心配そうに朱莉の顔を覗き込んできた。「え……そ、そうですか……?」体重は計ってはいないが、日本から持ってきた服が緩くなっている事には気が付いていた。食欲も殆ど無く、たいした食事をした記憶もない。「言われてみれば……ここの所、食欲があまり無くて」「駄目よ、それじゃ。まだ若いのに、そんなにガリガリに痩せてたら魅力も半減してしまうわよ。
エミが最初に連れて来てくれたのは地元のマーケットであった。モルディブで売られているスイーツや野菜はどれも日本では見た事もない品ばかりで、朱莉はすっかり目を奪われていた。「エミさん。これは何ですか?」朱莉が指さしたのは直径30㎝ほどで薄茶色の果実であった。「ああ、これはココナッツ……これがいわゆる未成熟の椰子の実よ」「ええ! これが……あの椰子の実なんですか?」朱莉は驚いた顔で山積みで売られている椰子の実を眺めた。「あら? アカリ。椰子の実を見るのは初めてなの?」「は、はい……お恥ずかしい事に」頬を染る朱莉。「別に恥ずかしがることじゃないわよ。それじゃ当然飲んだこともないのよね? 椰子の実のジュースが飲めるのはこの青い実の状態じゃないと飲めないの。これがもっと成長すると、表面の色がもっと茶色くなって。周囲に繊維がつくのよ」「へえ~……そうなんですか? ちっとも知りませんでした」「それじゃ椰子の実ジュース初体験してみましょうか?」エミは椰子の実を売っている男性に何か話しかけ、2つ椰子の実を購入した。男性店員は器用に先端だけ皮を剥いて切り落とすと、太くて長いストローを差し込んでエミに手渡す。エミは笑顔で受け取ると、朱莉に1つ手渡した。「向こうにベンチがあるから、そこに座って飲みましょうか?」2人でベンチに座ると早速エミが勧めてくる。「さあ、アカリ。飲んでみて?」「は、はい……」朱莉は恐る恐るストローに口を付けると、中のジュースを飲んでみた。「……」「どう? 美味しい?」「はい! とっても美味しいです。……何だかスポーツドリンクに味が似てますね」朱莉の答えにエミが驚く。「え? 美味しいの? それじゃ私も飲んでみるわ!」エミもストローに口を付けると、勢いよく飲み始めた。そしてストローから口を離す。「まあ! 本当にこの椰子の実は美味しい!」「え……? あ、あの……椰子の実にも美味しいとか不味いとか、あるんですか?」「ええ。そうよ。当たりはずれはあるわよ~。中には青臭くて飲みにくいのもあるからね。でもこの店のは……うん、当たりね! 美味しいわ!」2人は椰子の実ジュースの味を楽しんだ後、引き続きマーケットを散策した――
マーケット散策の後、エミが言った。「アカリ、モルディブと言ったら何と言っても魚料理よ。私ね、すごく美味しい魚料理を提供してくれるレストランを知ってるの。お店もお洒落で最近人気なのよ。今からそこに行くわよ。栄養のある料理を一杯食べて日本に戻る頃には2~3キロ位体重を増やす覚悟で食べた方がいいわよ。だって貴女痩せ過ぎだもの」「え? そうでしょうか……?」朱莉は鏡に映った自分の姿を思い出してみた。……そう言えば最近あばら骨が目立ってきたような気がする。「……分かりました。頑張って食べるようにします」「OK、そうこなくちゃね?」エミは楽しそうに笑った。****エミが朱莉を連れてやってきたのは美しい海がすぐそばに見えるシーフード料理の専門店であった。訪れている客は外国人観光客が多く目立っている。「この店はね、リーズナブルな値段ですごく美味しい魚料理を提供してくれる事で有名なのよ? だから外国人観光客にもとっても人気があるの」テーブルに着くとエミが説明してくれた。「アカリ、何を食べたい?」エミにメニューを手渡されると朱莉は頬を染めて俯いた。「……すみません。英語表記で……よく分からなくて……」「あ、ごめんなさい。それじゃアカリ。私と同じメニューでもいいかしら?」「はい、是非それでお願いします」エミは近くを通りかかったウェイターに話しかけ、何やら料理を注文した。「何を頼んだのですか?」話しが終わったエミに朱莉は尋ねた。「それは当然魚料理よ。フフフ…楽しみにしていてね」「はい、分かりました」それから料理が届くまで、朱莉とエミは世間話をしていた時のことだ。何気なく入口を見ると、丁度店内に入って来たカップルが朱莉の目に止まった。(そ……そんな……!)朱莉はその来店客を見て心臓が止まりそうになった。店内へ入って来たのは明日香と翔だったのである。(どうして……? まさかこんな場所で出会う事になるなんて……)心臓が急に苦しくなってきた。呼吸が荒くなる。「どうしたの? アカリ?」突然顔色が真っ青になった朱莉を見てエミが尋ねた。「あ……あの……す、すみません。な、何でも無いです……」「何言ってるの? 何でも無いなんてことないわ! 酷い顔色をしてるじゃない」エミが朱莉の肩に手を置いた時、突然2人に声をかけてきた人物がいた。「あら?
結局、この日朱莉は明日香と翔の件ですっかり落ち込み、食欲が薄れてしまい折角の魚料理をあまり食べる事が出来なかった。エミは折角の料理だからと言ってお店の人にコンテナボックスを頼み、今夜のおかずにするから気にしないでと言って笑ったが、朱莉は申し訳ない気持ちで一杯だった。「本当に折角連れ出して貰ったのに、申し訳ございませんでした」ホテルまで送って貰うと朱莉は何度も何度もエミに頭を下げた。「あら、いいのよ。全然そんな事気にしないで。それにしても本当に大丈夫? 顔色が悪いから心配だわ。そうだ! 何か栄養のあるものを後で届けてあげるわ!」「いえ、そんなそこまでしていただくわけにはいきません。エミさんも今日は私の事は構わず、お休みください」恐縮する朱莉。「何言ってるのよ、アカリ。夕方6時に迎えに来るわよ。2人で出かけるからね」「え……ええっ!? 出掛けるって……一体何処へ!?」「アカリはまだ若いんだから、もっと羽目を外すこともするべきなのよ。いい? 18時にホテルの部屋に迎えに行くから、体調管理をして待っていなさいよ? 約束だからね?」エミは朱莉に無理やり約束をさせると、車に乗って去って行った。****ホテルの部屋に戻り、ベッドに横たわると朱莉はポツリと呟いた。「ふう……エミさんて意外と強引なところがある人なんだな……」でも、正直嬉しかった。まだ会って数日しか経っていないのに、明日香の前に立ち塞がって朱莉を守ってくれたこと……。あの時、本当は涙が出そうに成程朱莉は嬉しかったのだ。(本当は欲を言えば、翔先輩に庇って貰いたかった……)でも……それは夢のまた夢。鳴海翔の一番は高校時代から常に明日香だったのだ。今更と言われても、どうしても朱莉は期待してしまっていたが、その結果は……? 翔は朱莉を見る事すらしなかったのだ。「もう翔先輩には何も期待したら駄目なのかな……?」朱莉はいつの今にかそのままベッドの上で眠りに就いてしまった—―****その頃、明日香と翔の部屋では――「悔しい!! 何故私がたかがガイドごときに馬鹿にされなくちゃならない訳!?」高級ブランドのショルダーバックを乱暴にベッドに投げつけた。「おい、明日香! 少しは落ち着けって!」翔は明日香を宥めるのに必死である。「煩いわね! 元はと言えば翔がいけないんでしょ! 突然あのレスト
「そんな誹謗中傷を書き込んで、正体がバレたどうするつもりなんだ? もう少し俺達の社会的立場を考えて行動してくれ」「うるさい! 翔!」明日香は吐き捨てるように言うと、隣室に入って強くドアを閉めてしまった。「明日香! 明日香!」翔がドアをドンドン叩いても中から返事は返ってこない。「ふう……」翔は疲れ切った表情でため息をつくとソファに崩れるように座り込んだ。ここ数日、明日香のヒステリックが起きる頻度が増えてきている。やはり精神安定剤を一時的に中断しているのが良く無いのだろうか?2人でモルディブへ観光に来れば明日香の機嫌も直ると思ったのに……それは大きな間違いだったのかもしれない。しかし、翔の頭の大半を占めていたのは明日香ではなく、実は朱莉の方であった。(可哀そうな事をしてしまった。まさか彼女がガイドの女性とあの店に来ていたなんて。あらかじめ連絡を取り合って、鉢合わせしないようにもっと配慮すべきだったのだろうか……)いや、そうじゃないなと翔は思った。明日香のヒステリーが酷くなっても止めて、朱莉に謝罪するべきだったのだ。あの時の朱莉の怯え切った目と、青白い顔に小刻みに震えていた小さな身体が脳裏に焼き付いて離れない。今の段階の契約では朱莉との結婚生活は6年だ。契約書を見直して、もっと渡す現金を増やしてあげるべきなのかもしれない……。そこまで考えていた時、突然ドアが開けられて明日香が部屋から出てきた。「! あ……明日香。お前、一体なんて恰好をしているんだ? 何処かへ出掛けるつもりなのか?」翔は声を震わせて尋ねた。胸元が大きく開いたベアトップの真っ赤なフレアーワンピースに派手なメイクをした明日香が現れたのである。そして小さなボストンバッグと手にしている。「ええ、そうよ! 私達、今夜は同じ部屋に居ない方がいいと思うの! ついさっき、ネットでこの島から少し離れた小島の水上ヴィラを予約したのよ。今夜はそこに泊るから、翔は1人この部屋にいるといいわ!」そして部屋を出て行こうとする。「待て! 明日香! ここは日本じゃないんだ! 1人で行動するなんて危険な真似はやめてくれ!」翔は必死に懇願して明日香から荷物を奪おうとしたが、次の瞬間――パンッ!乾いた音が部屋に響く。明日香に平手打ちをされてしまったのだ。「あ……明日香……」明日香は冷めた目で翔
「ほらアカリ。動いちゃダメよ、メイクが出来ないでしょ?」朱莉は今、部屋を訪れてきたエミに化粧をされていた。「で、でも……こんな姿。は、恥ずかしくて……」朱莉は消え入りそうな声で俯くと、エミに顔を上げられた。「コラ、下向かないの。メイクが出来ないでしょう?」それから約20分後――「はい、出来た。完成~! あっちに行って鏡を見てごらんなさい?」無理矢理エミに手を引かれ、朱莉は全身が映る鏡の前に立たされて息を飲んだ。「こ……これが私……?」大きな花柄のブルーのノースリーブのワンピースに、緩く巻き上げた髪、そしてアイシャドウにグロスを塗った顔はとても自分とは思えなかった。「ほら~もともと貴女は美人だったけど、3割増し位美人になったわ。さ、それじゃ行くわよ」朱莉の細い腕を掴むエミ。「え? ええ? 行くって……一体何処へ!?」「勿論! 素敵な大人が行く店よ?」エミはパチリとウィンクした。****「あ、あの……私、こんなお店来るの初めてなんですけど……」朱莉はエミに耳打ちした。エミが連れてきたのは高級ショットバーの店であった。客は全て外国人観光客ばかりで、誰もが高級そうな服をみにつけている。「ほら、アカリ。貴女すごくキュートだから皆に注目されてるわよ?」「え? そ、そんな……!」朱莉の顔が真っ赤に染まる。「さあ、アカリ。何を飲む? ……あ、そうだったわね。英語表記だったから……いいわ、私が適当に頼むからね!」エミの注文で、あっという間に2人のテーブルは様々なカクテルで埋め尽くされた。「さあ! ジャンジャン飲んでね!」エミはグイグイと朱莉にアルコールを進めてくる。素直な朱莉は言われるままにカクテルを飲み続け……とうとうテーブルに突っ伏してしまった。「ねえねえ。アカリ……大丈夫なの?」エミが心配そうに朱莉を揺する。「あ……ハイ。大丈夫ですよ~」しかしその目はトロンとし、頬は赤く染まっている。「う~ん……困ったなあ。アカリ、ちょっとだけ電話してくるから、じっとしてるのよ?」エミはタクシーを手配する為に店の外に出た。そして朱莉が1人になった所を男性客が近付いて行く……。その外国人客は舌なめずりをしながらテーブルに突っ伏している朱莉の肩に手を置こうとして、1人の東洋人観光客に止められた。『お前……その女性に何をしようとし
「昔ね……私には日本にいた時恋人がいたのよ。彼は海がすごく好きな人でサーフィンが得意な人だったの。そしていつかモルディブでサーフィンをしたいってよく言ってたっけ……」エミはいつしか遠い目をしながら星空を眺めている。「ある日、2人でサーフィンに海に出たんだけど、波がすごく高かったのよね。私はまだサーフィンが得意じゃ無くて、波に乗るのに失敗して……」エミは瞳を閉じた。「彼は必死になって溺れた私を助けてくれたんだけど……私を助けた為に力尽きちゃったのかな……。気付いたら彼の姿が消えていたのよ」「!!」朱莉は思わずエミの顔を見た。しかし、そこには何の感情も見せずに淡々とした表情のエミがいた。「彼は結局3日経っても見つからなくて、遺体が無いままお葬式をあげる事になってしまったの。だけど、私はどうしても彼が死んでしまったなんて信じられなくて……ひょっとすると、モルディブにサーフィンをしに来てるんじゃないかなって馬鹿な考え迄持ってしまったのよ」エミは俯いた。「彼はよく言ってたの。いつか南十字星が見える場所で2人で一緒に見つけようって。彼はね、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の小説が好きだったのよ。それで、私もその小説を手にして、サザンクロスの話が目に止まったの」「エミさん……」朱莉も銀河鉄道の夜の話はよく知っていた。主人公ジョバンニと彼の親友カムパネルラが銀河鉄道に乗って旅をする話……。(物語の終盤で、銀河鉄道に乗っていた乗客が天上と呼ばれるサザンクロスの駅で降りてしまうんだっけ……。そして結局、カムパネルラは現実世界で友人を助ける為に川に入って、溺れて死んでしまった……)「彼が行きたがっていたこの島で、サザンクロスが見えるこのモルディブに来れば……彼に会える気がして私は1人でこの島へやって来たの。でも本当の事を言えば死に場所を求めていたのかもね」「!」朱莉はあまりにもショッキングな話に言葉を無くしてしまった。「だけど、そんなボロボロになってしまっていた私を救ってくれたのが今の主人って訳よ」突然エミはそれまでのしんみりした様子から、明るい笑顔になる。「あのね、アカリ。私、少しだけ、クジョウタクマって人と電話で話したのよ。だから貴女の複雑な事情も少し知ってる。その上で話をさせて貰うけど。アカリ、貴女……本気で偽装結婚の相手のこと、好きなんでしょう?
あの日の夜から数日が経過していた。朱莉は日本に帰るまでの残りの数日をガイドのエミと楽しく過ごした。2人で海に泳ぎに行ったり、シュノーケリングをしたり。ボートに乗って初めてイルカと遭遇した時は感動のあまり中々眠りにつく事すらできなかった程だった。 そして今夜がモルディブ最後の夜。朱莉はエミに夜のビーチに誘われた。「アカリ、モルディブに来たなら絶対にビーチで星空を見ておかなくちゃね。考えたら今まで一緒に夜空を見上げた事が無かったじゃない」エミは持参してきた缶ビールを朱莉に手渡した。2人で乾杯をして、良く冷えたビールを飲み、ため息をつくと朱莉は夜空を見上げた。「すごく星が綺麗ですね。あんまりこの島へ来てから星空を眺める事が無かったので。まるでプラネタリウムを見ているみたいで最高の気分です」朱莉は笑った。「あら、中々良い表現をするのね?」エミはビールをゴクリと飲み干して星を眺めている。「それにしても……すごくこれって日本では贅沢な事かもしれないですね。この島だから出来る事なんですよね……」満天の星空から、朱莉は目が離せずにいた。「ねえ……アカリ。私、いいものを持ってきてるんだ」「え? いいものって何ですか?」「ほら、これよ」エミがカバンから取り出したのは星座表だった。「え……? これって確か星座表ですよね?」「うん。これで2人で一緒にサザンクロスを見つけましょ!」エミは目をキラキラさせている。「サザンクロスって……もしかして南十字星ですか? 素敵……あの日の夜から数日が経過していた。朱莉は日本に帰るまでの残りの数日をガイドのエミと楽しく過ごした。2人で海に泳ぎに行ったり、シュノーケリングをしたり。ボートに乗って初めてイルカと遭遇した時は感動のあまり中々眠りにつく事すらできなかった程だった。 そして今夜がモルディブ最後の夜。朱莉はエミに夜のビーチに誘われた。****「アカリ、モルディブに来たなら絶対にビーチで星空を見ておかなくちゃね。考えたら今まで一緒に夜空を見上げた事が無かったじゃない」エミは持参してきた缶ビールを朱莉に手渡した。2人で乾杯をして、良く冷えたビールを飲み、ため息をつくと朱莉は夜空を見上げた。「すごく星が綺麗ですね。あんまりこの島へ来てから星空を眺める事が無かったので。まるでプラネタリウムを見ているみたい
「ほらアカリ。動いちゃダメよ、メイクが出来ないでしょ?」朱莉は今、部屋を訪れてきたエミに化粧をされていた。「で、でも……こんな姿。は、恥ずかしくて……」朱莉は消え入りそうな声で俯くと、エミに顔を上げられた。「コラ、下向かないの。メイクが出来ないでしょう?」それから約20分後――「はい、出来た。完成~! あっちに行って鏡を見てごらんなさい?」無理矢理エミに手を引かれ、朱莉は全身が映る鏡の前に立たされて息を飲んだ。「こ……これが私……?」大きな花柄のブルーのノースリーブのワンピースに、緩く巻き上げた髪、そしてアイシャドウにグロスを塗った顔はとても自分とは思えなかった。「ほら~もともと貴女は美人だったけど、3割増し位美人になったわ。さ、それじゃ行くわよ」朱莉の細い腕を掴むエミ。「え? ええ? 行くって……一体何処へ!?」「勿論! 素敵な大人が行く店よ?」エミはパチリとウィンクした。****「あ、あの……私、こんなお店来るの初めてなんですけど……」朱莉はエミに耳打ちした。エミが連れてきたのは高級ショットバーの店であった。客は全て外国人観光客ばかりで、誰もが高級そうな服をみにつけている。「ほら、アカリ。貴女すごくキュートだから皆に注目されてるわよ?」「え? そ、そんな……!」朱莉の顔が真っ赤に染まる。「さあ、アカリ。何を飲む? ……あ、そうだったわね。英語表記だったから……いいわ、私が適当に頼むからね!」エミの注文で、あっという間に2人のテーブルは様々なカクテルで埋め尽くされた。「さあ! ジャンジャン飲んでね!」エミはグイグイと朱莉にアルコールを進めてくる。素直な朱莉は言われるままにカクテルを飲み続け……とうとうテーブルに突っ伏してしまった。「ねえねえ。アカリ……大丈夫なの?」エミが心配そうに朱莉を揺する。「あ……ハイ。大丈夫ですよ~」しかしその目はトロンとし、頬は赤く染まっている。「う~ん……困ったなあ。アカリ、ちょっとだけ電話してくるから、じっとしてるのよ?」エミはタクシーを手配する為に店の外に出た。そして朱莉が1人になった所を男性客が近付いて行く……。その外国人客は舌なめずりをしながらテーブルに突っ伏している朱莉の肩に手を置こうとして、1人の東洋人観光客に止められた。『お前……その女性に何をしようとし
「そんな誹謗中傷を書き込んで、正体がバレたどうするつもりなんだ? もう少し俺達の社会的立場を考えて行動してくれ」「うるさい! 翔!」明日香は吐き捨てるように言うと、隣室に入って強くドアを閉めてしまった。「明日香! 明日香!」翔がドアをドンドン叩いても中から返事は返ってこない。「ふう……」翔は疲れ切った表情でため息をつくとソファに崩れるように座り込んだ。ここ数日、明日香のヒステリックが起きる頻度が増えてきている。やはり精神安定剤を一時的に中断しているのが良く無いのだろうか?2人でモルディブへ観光に来れば明日香の機嫌も直ると思ったのに……それは大きな間違いだったのかもしれない。しかし、翔の頭の大半を占めていたのは明日香ではなく、実は朱莉の方であった。(可哀そうな事をしてしまった。まさか彼女がガイドの女性とあの店に来ていたなんて。あらかじめ連絡を取り合って、鉢合わせしないようにもっと配慮すべきだったのだろうか……)いや、そうじゃないなと翔は思った。明日香のヒステリーが酷くなっても止めて、朱莉に謝罪するべきだったのだ。あの時の朱莉の怯え切った目と、青白い顔に小刻みに震えていた小さな身体が脳裏に焼き付いて離れない。今の段階の契約では朱莉との結婚生活は6年だ。契約書を見直して、もっと渡す現金を増やしてあげるべきなのかもしれない……。そこまで考えていた時、突然ドアが開けられて明日香が部屋から出てきた。「! あ……明日香。お前、一体なんて恰好をしているんだ? 何処かへ出掛けるつもりなのか?」翔は声を震わせて尋ねた。胸元が大きく開いたベアトップの真っ赤なフレアーワンピースに派手なメイクをした明日香が現れたのである。そして小さなボストンバッグと手にしている。「ええ、そうよ! 私達、今夜は同じ部屋に居ない方がいいと思うの! ついさっき、ネットでこの島から少し離れた小島の水上ヴィラを予約したのよ。今夜はそこに泊るから、翔は1人この部屋にいるといいわ!」そして部屋を出て行こうとする。「待て! 明日香! ここは日本じゃないんだ! 1人で行動するなんて危険な真似はやめてくれ!」翔は必死に懇願して明日香から荷物を奪おうとしたが、次の瞬間――パンッ!乾いた音が部屋に響く。明日香に平手打ちをされてしまったのだ。「あ……明日香……」明日香は冷めた目で翔
結局、この日朱莉は明日香と翔の件ですっかり落ち込み、食欲が薄れてしまい折角の魚料理をあまり食べる事が出来なかった。エミは折角の料理だからと言ってお店の人にコンテナボックスを頼み、今夜のおかずにするから気にしないでと言って笑ったが、朱莉は申し訳ない気持ちで一杯だった。「本当に折角連れ出して貰ったのに、申し訳ございませんでした」ホテルまで送って貰うと朱莉は何度も何度もエミに頭を下げた。「あら、いいのよ。全然そんな事気にしないで。それにしても本当に大丈夫? 顔色が悪いから心配だわ。そうだ! 何か栄養のあるものを後で届けてあげるわ!」「いえ、そんなそこまでしていただくわけにはいきません。エミさんも今日は私の事は構わず、お休みください」恐縮する朱莉。「何言ってるのよ、アカリ。夕方6時に迎えに来るわよ。2人で出かけるからね」「え……ええっ!? 出掛けるって……一体何処へ!?」「アカリはまだ若いんだから、もっと羽目を外すこともするべきなのよ。いい? 18時にホテルの部屋に迎えに行くから、体調管理をして待っていなさいよ? 約束だからね?」エミは朱莉に無理やり約束をさせると、車に乗って去って行った。****ホテルの部屋に戻り、ベッドに横たわると朱莉はポツリと呟いた。「ふう……エミさんて意外と強引なところがある人なんだな……」でも、正直嬉しかった。まだ会って数日しか経っていないのに、明日香の前に立ち塞がって朱莉を守ってくれたこと……。あの時、本当は涙が出そうに成程朱莉は嬉しかったのだ。(本当は欲を言えば、翔先輩に庇って貰いたかった……)でも……それは夢のまた夢。鳴海翔の一番は高校時代から常に明日香だったのだ。今更と言われても、どうしても朱莉は期待してしまっていたが、その結果は……? 翔は朱莉を見る事すらしなかったのだ。「もう翔先輩には何も期待したら駄目なのかな……?」朱莉はいつの今にかそのままベッドの上で眠りに就いてしまった—―****その頃、明日香と翔の部屋では――「悔しい!! 何故私がたかがガイドごときに馬鹿にされなくちゃならない訳!?」高級ブランドのショルダーバックを乱暴にベッドに投げつけた。「おい、明日香! 少しは落ち着けって!」翔は明日香を宥めるのに必死である。「煩いわね! 元はと言えば翔がいけないんでしょ! 突然あのレスト
マーケット散策の後、エミが言った。「アカリ、モルディブと言ったら何と言っても魚料理よ。私ね、すごく美味しい魚料理を提供してくれるレストランを知ってるの。お店もお洒落で最近人気なのよ。今からそこに行くわよ。栄養のある料理を一杯食べて日本に戻る頃には2~3キロ位体重を増やす覚悟で食べた方がいいわよ。だって貴女痩せ過ぎだもの」「え? そうでしょうか……?」朱莉は鏡に映った自分の姿を思い出してみた。……そう言えば最近あばら骨が目立ってきたような気がする。「……分かりました。頑張って食べるようにします」「OK、そうこなくちゃね?」エミは楽しそうに笑った。****エミが朱莉を連れてやってきたのは美しい海がすぐそばに見えるシーフード料理の専門店であった。訪れている客は外国人観光客が多く目立っている。「この店はね、リーズナブルな値段ですごく美味しい魚料理を提供してくれる事で有名なのよ? だから外国人観光客にもとっても人気があるの」テーブルに着くとエミが説明してくれた。「アカリ、何を食べたい?」エミにメニューを手渡されると朱莉は頬を染めて俯いた。「……すみません。英語表記で……よく分からなくて……」「あ、ごめんなさい。それじゃアカリ。私と同じメニューでもいいかしら?」「はい、是非それでお願いします」エミは近くを通りかかったウェイターに話しかけ、何やら料理を注文した。「何を頼んだのですか?」話しが終わったエミに朱莉は尋ねた。「それは当然魚料理よ。フフフ…楽しみにしていてね」「はい、分かりました」それから料理が届くまで、朱莉とエミは世間話をしていた時のことだ。何気なく入口を見ると、丁度店内に入って来たカップルが朱莉の目に止まった。(そ……そんな……!)朱莉はその来店客を見て心臓が止まりそうになった。店内へ入って来たのは明日香と翔だったのである。(どうして……? まさかこんな場所で出会う事になるなんて……)心臓が急に苦しくなってきた。呼吸が荒くなる。「どうしたの? アカリ?」突然顔色が真っ青になった朱莉を見てエミが尋ねた。「あ……あの……す、すみません。な、何でも無いです……」「何言ってるの? 何でも無いなんてことないわ! 酷い顔色をしてるじゃない」エミが朱莉の肩に手を置いた時、突然2人に声をかけてきた人物がいた。「あら?
エミが最初に連れて来てくれたのは地元のマーケットであった。モルディブで売られているスイーツや野菜はどれも日本では見た事もない品ばかりで、朱莉はすっかり目を奪われていた。「エミさん。これは何ですか?」朱莉が指さしたのは直径30㎝ほどで薄茶色の果実であった。「ああ、これはココナッツ……これがいわゆる未成熟の椰子の実よ」「ええ! これが……あの椰子の実なんですか?」朱莉は驚いた顔で山積みで売られている椰子の実を眺めた。「あら? アカリ。椰子の実を見るのは初めてなの?」「は、はい……お恥ずかしい事に」頬を染る朱莉。「別に恥ずかしがることじゃないわよ。それじゃ当然飲んだこともないのよね? 椰子の実のジュースが飲めるのはこの青い実の状態じゃないと飲めないの。これがもっと成長すると、表面の色がもっと茶色くなって。周囲に繊維がつくのよ」「へえ~……そうなんですか? ちっとも知りませんでした」「それじゃ椰子の実ジュース初体験してみましょうか?」エミは椰子の実を売っている男性に何か話しかけ、2つ椰子の実を購入した。男性店員は器用に先端だけ皮を剥いて切り落とすと、太くて長いストローを差し込んでエミに手渡す。エミは笑顔で受け取ると、朱莉に1つ手渡した。「向こうにベンチがあるから、そこに座って飲みましょうか?」2人でベンチに座ると早速エミが勧めてくる。「さあ、アカリ。飲んでみて?」「は、はい……」朱莉は恐る恐るストローに口を付けると、中のジュースを飲んでみた。「……」「どう? 美味しい?」「はい! とっても美味しいです。……何だかスポーツドリンクに味が似てますね」朱莉の答えにエミが驚く。「え? 美味しいの? それじゃ私も飲んでみるわ!」エミもストローに口を付けると、勢いよく飲み始めた。そしてストローから口を離す。「まあ! 本当にこの椰子の実は美味しい!」「え……? あ、あの……椰子の実にも美味しいとか不味いとか、あるんですか?」「ええ。そうよ。当たりはずれはあるわよ~。中には青臭くて飲みにくいのもあるからね。でもこの店のは……うん、当たりね! 美味しいわ!」2人は椰子の実ジュースの味を楽しんだ後、引き続きマーケットを散策した――
翌朝―― 7時にセットしておいたスマホのアラームが鳴った。朱莉は目を覚まし、スマホに手を伸ばして音を止めた時にメッセージが届いていることに気が付いた。(誰からなんだろう……?)着信相手は意外な事に琢磨からであった。「え? 九条さん? 何かあったのかな?」急いでメッセージを立ち上げた。『おはようございます。お身体はもうすっかり良くなられましたか? 実は昨晩副社長から連絡が入りました。残りの日数は自由行動をするようにと言伝がありましたので、ガイドの方と残りの旅行を楽しんでください。副社長と連絡を取りたい時は私を通して下さい』朱莉はそのメッセージを複雑な思いで眺めていた。このメッセージの意図するところは、もう自分とは直接メッセージのやり取りをしたくないという意思表示なのだろうか?一瞬その内容を読んだ時、朱莉は目の前が真っ暗になりそうになった。しかし、朱莉はまだ次のメッセージが残っている事に気が付いた。『日本に帰国後、朱莉さんが元から使用していたスマホから私にメッセージを送って下さい。そちらから今後は明日香さんには内緒の2人のメッセージの橋渡しをさせていただきます。尚、念の為こちらのメッセージを読まれた後は削除しておいて下さい』朱莉はそのメッセージを読んでギュッとスマホを胸に握りしめた。(翔先輩……もしかして私に冷たくしていたのは明日香さんから私を守る為だったの?)都合の良い考えであるのは朱莉は重々承知していたが、それでも自分の為に考えてくれたのだろうと信じていたかった――****――午前10時「おはよう、アカリ」ホテルのラウンジのソファに座ってガイドブックを呼んでいた朱莉は顔を上げた。「おはようございます、エミさん」笑顔で挨拶するも、エミは怪訝そうな顔で朱莉を見つめる。「ねえ……アカリ。何かあったの? たった数日会わなかっただけなのに、随分やつれてしまったように見えるけど、まだ体調悪いの?」心配そうに朱莉の顔を覗き込んできた。「え……そ、そうですか……?」体重は計ってはいないが、日本から持ってきた服が緩くなっている事には気が付いていた。食欲も殆ど無く、たいした食事をした記憶もない。「言われてみれば……ここの所、食欲があまり無くて」「駄目よ、それじゃ。まだ若いのに、そんなにガリガリに痩せてたら魅力も半減してしまうわよ。
『いいか? 確かに明日香ちゃんがあの時怪我をしたのはお前のせいかもしれないが、今は傷跡だって残っていないじゃないか。見た目だって普通と全く違いが無いし。あんななのはもう時効だ。そうは思わないのか?』「だが、あの時の当時の明日香は本当に酷い怪我を負って、医者からも一生傷跡は残るって……」『だが、実際はどうなんだよ? 当然男女の仲なんだ。傷跡があるか無いかくらいは分かるだろう?』2人は踏み込んだ質問も出来る程の関係だった。「……今は……殆ど目立たない。だが……」『もういいよ、分かった。悪かったな。昔の事思い出させて』「いや……別にいいさ」『なぁ、本当にそんなんでこの先、ずっと明日香ちゃんのヒステリーに付き合いながら結婚生活を続けていけるのかよ?』「大丈夫だ。あの時にそう決めたからな」自長期気味に笑う翔。『翔……明日香ちゃんがあんな風になったのは……』「何だ?」『いや、何でもない。そんな事より、この旅行の間はもう朱莉さんとは接触するな。明日香ちゃんにもそう言え。朱莉さんに構うなって約束させろ。それ位は出来るだろう?』「ああ。やってみるよ」『全く頼りない返事だな……』「なあ、琢磨」『なんだよ。そろそろ切るぞ? 明日も早いんだから』しかし、翔は続ける。「こんなこと、お前に頼むのはどうかしていると思うんだが……聞いてくれるか?」『……言うだけ、言ってみろよ』「今後はなるべく朱莉さんとも連絡を取り合いたいと思っているんだ。ただ明日香には知られるわけにはいかない。もしばれたら朱莉さんに風辺りが強くなる」『ん? そう言えばお前、一体何所で電話かけてるんだよ?』「ホテルのバーだ」『チッ、ほんとにいい身分だな? まあいいや。それで話の続きは?』「それで今後はお前を通して朱莉さんと連絡を取りたいと思ってる。いいだろうか?」琢磨が呆れた声を出す。『……はあ? おまえ、本気で言ってるのか?』「本気だ。……駄目か?」『……本当なら断ってやりたい案件だよな……。けど朱莉さんを選んでお前に紹介したのは他でもない。この俺だ。ある意味、俺にも責任がある』「それじゃ……いいのか?」翔の顔が明るくなる。『仕方が無いさ。だがな、ずっと続くとは思うなよ? 少しずつお互いの関係を改善させて、ゆくゆくは俺を通さなくても連絡を取り合える仲になれるように努